

新思潮 No.153 2018年11月号より①
| 抱く街の秋より深くスープ碗 | 桂 由輝花 |
| 自分とその周辺を抱く街を思っている。とりわけスープ碗は、街の秋を取り込み つつ、その秋を反映して、そこだけ格別の物であるかのように句の中で印象的な位 置を占めている。秋より深い味のするスープ碗だ。街の中の、秋の中の〝スープ碗 〟を描いて、くっきりとした印象を残している。〈岡田俊介〉 | |
| 吊床や天空駆ける青い縞馬 | 鮎貝 竹生 |
| 最近はいつでもリラックスできるよう屋内にハンモックを吊るす者もいるらしい 。都会ではかなり大きな庭でもなければ人目があって落ち着かないし、ちょうどい い間隔の木もなくてはいけないし、蚊も来るし、天候により付けたり外したりも面 倒くさいし…。などと言っていては夢がない。この句のハンモックは別荘地。乗り 方のコツさえ掴めばこれほどおおらかに身体を包んでくれるものはない。見上げれ ば青空、折から心地よい風が全方向から愛撫してくれる。いつのまにか閉じた目に 青空と雲が縞馬に形を変える。ああ、私は今、青い天馬。ハンモックがくれた一睡 の解放感。〈古俣麻子〉 | |
| 紫陽花の褪せてこの世が深くなる | 吉見 恵子 |
| 小さな小さな手毬がギュッと固まっているような紫陽花のつぼみ。ここからは色 彩の七変化。今、庭にはピンク系の紫陽花が二株あるが年によっても色の鮮やかさ は違う。気温や雨量で微妙に違うのだろう。淡いピンクから濃さが増し紫に変わる 様は少女からおとなになっていく過程のようで、色褪せていく頃は深みを知る時期 でもあると人生の縮図を見たのだろう。〈古俣麻子〉 | |
| 紅葉のはくしゅ拍手が舞う轍 | 古俣 麻子 |
| 「花束と拍手」とタイトルされた一連の作品。誰かの送別の様子を詠むものだ。 「紅葉」の句は、その人へ向けて、紅葉さえ拍手している情景を思っている。紅葉 の舞う姿をその人への拍手として捉えたものだ。紅葉の下にあるものは、その人の 轍、足跡なのだ。〈岡田俊介〉 | |
| 墓じまい揺らぎを射抜く遠雷や | 山崎夫美子 |
| いつの時代の誰の骨壺がいったいいくつ納まっているのかわからない代々のお墓 を義母の納骨の時に見た。墓地から遠く離れて住んでいたり、子を持たなかったり 、墓じまいの理由はそれぞれであるが、心が騒がないはずがない。遠雷の音や光で 、いくつもの魂が別れを告げているようだ。〈古俣麻子〉 | |
| 散骨はマリモと眠る澄んだ湖 | 山田 悦子 |
| 「散骨」の句は、澄んだ湖の美しいマリモとともに眠りたいとの思いが滲む。こ れ以上の至福はなさそうな思いがする。そんな澄み切った感覚の作品で、マリモを 抱き、澄んだ湖がしずかに眼前に広がってゆくようだ。人生の終章で得た一つの境 地なのだろう。清々しい余韻が残る。〈岡田俊介〉 | |
| 足跡を消すに程よき夕浅瀬 | 古谷 恭一 |
| 思い立つ灯火積読崩さんか | 松井 文子 |
| どの道も我慢ナスもキュウリもぶらさがる | 板東 弘子 |
| 一枚の写真に閉じられて夜明け | 岡田 俊介 |
| 竿竹にひっかけておく夏ものがたり | 澤野優美子 |
| 夜も更けてラジオの時間 波まくら | みとせりつ子 |
| 花のかたちで 一老人の物語 | 元永 宣子 |
| 結び目をほどくと秋が転げ落ち | 佐々木彩乃 |
2018.11.25
























